スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

日本人 1

例年8月になると政治家の靖国神社参拝が報道される。神社に祀られた方々で実際の戦闘で亡くなられた人たちより、餓死、病死された人たちの方が2倍以上である。田舎で鍬をもっていた人を国家が呼び出し、遠い国まで鉄砲を持たせ餓死させ、それを国に殉死したとして英霊に祀った。当時戦争に反対し憲兵に捕まり獄死した方もおられた。彼らも国をおもい戦争に反対したが、国はいまだ犯罪者としており名誉回復はしていない。
 どこの国でも、国のために戦うことが国民の義務であり善だという人々が減り、国家権力者のために戦う必要はないと考える人が増えれば戦争は拡大しない。(たしかに物資、資源の取り合いは難しい問題で、外交手段を相当うまくやらなければならないが。) 靖国に祀られた人たちは、国家に洗脳され、だまされ、脅されて亡くなったということを、知らなければならない。
だいたい、鬼畜米英を叩き込まれアメリカ憎しで亡くなっていったのに、戦争が終わったとたん、アメリカ万歳という日本人は節操が無い。
アメリカ大使館や米軍基地にいってアメリカ出て行けという右翼もなく、アメリカに追従する政府、政治家が靖国でアメリカと戦った英霊に、なにを祈っているのか。
アラブから来た留学生が「いつ日本は広島、長崎の仇を討つのか。今はわざと油断させているのだろう」と真顔で聞いたという。もちろん、本気でアメリカに復讐を考えている日本人はいないが、そんな日本人を理解できない外国人もいるのである。
私は反米でもアラブの留学生にも賛同しないが、日本人は確固たる理念に乏しい国民ではないかと、常々感じています。
スポンサーサイト

無は無い

 無の境地を求める人がいるが、宇宙が始まる前から、また宇宙が終わっても、常に何かが有る。つまり、絶対無の状態は有り得ない。有り得ない無を探すことは、無意味で虚しく、まやかしでもある。人間一生をかけて無を求めることは無駄なことだと早く気づいてほしい。無ではないものを探し求めることが、人類にとっても、自分自身にとっても、新しい境地に導いてくれるだろう。

何故なのか

 人類は自然を観察することにより、自然の中に規則、法則を発見した。そして、それを応用し文明を築いてきた。
しかし、何故その規則、法則でなければならないのか、説明できない。つまり、ほとんどの人は、原理は知らなくとも、自動車や電話など使える。だが、原理を知っている人でさえ、その原理を説明するだけで満足し、原理は何故成り立つのか、別の法則では何故ダメなのか、疑問に感じていない。
 人類が使わなければ無意味な、さまざまな法則は何のためにあるのか。そこまで考え、その答えを見出せれば、人類は神に一歩近づける。





胡蝶の夢

神は存在するかと、人は問いますが、その前に存在とは何かを問わなければなりません。つまり、存在の定義ということです。存在を考える学問は哲学と量子力学です。例えば我々に一番身近な時間というものは存在すると思いますか。
実はいまだ厳密に存在するかどうか結論は出ていません。時間さえも分からないということは、存在や現実の定義も無いのです。人間は脳に写し出された世界が現実だと認識するように、宇宙と一体として、プログラムされているのです。
人間が宇宙を観察すると、広くて大きいと認識するようにプログラムされているかも知れないのです。言い替えれば、この世界は神の造ったバーチャルな世界かもしれません。
 と、いうわけでこの世界が夢だとして、これから始まる物語が、いい夢になるか、悪い夢になるか面白いところです。
 よろしく。
プロフィール

Author:zakchaios
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。